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地震M7.9

関東大震災(1923年)

Great Kanto Earthquake

記事更新日: 2026-10-21

📅 1923年9月1日(土)📍 関東地方(神奈川・東京・埼玉等)👥 死者 105,385人

💰 経済的損失: 当時の国家予算の数年分相当

概要

1923年9月1日午前11時58分、相模湾北西部を震源とするM7.9の巨大地震が発生。火災が同時多発し、死者・行方不明者は約10万5千人に上った。昼食の準備で火を使っている時間帯に重なり、木造密集の東京・横浜を大火災が襲った。日本の災害史上最大規模の被害。

被害の状況

死者・行方不明

105,385人

死者 105,385人

建物被害

全壊約12万8千棟、焼失約44万7千棟

東京・横浜を中心に広大な地域が被災。東京では浅草・本所・深川等の下町地域が大火災で壊滅的被害を受けた。横浜市でも市街地の大半が焼失。津波も相模湾沿岸を襲い、熱海・小田原等でも大きな被害が出た。

被害数値は掲載資料の集計時点・対象範囲による記録です。推計を含み、後の公表で変わる場合があります。

ライフライン被害

電信・電話が大規模に寸断。道路・橋梁の損壊で物資輸送が困難になった。ガス管・水道管の破損が初期消火を妨げた。

原因・背景

フィリピン海プレートが北米プレートの下に沈み込む相模トラフ沿いで発生したプレート境界地震。震源の深さは23kmで、相模・武蔵・南関東地域を中心に強烈な揺れが起きた。なお1923年当時は現代の震度計が普及しておらず、現代基準での震度は推定値であることに留意が必要。

当時の社会状況

大正時代の東京・横浜は急速な近代化の途上にあった。木造家屋の密集地帯が広がり、昼食時の火の使用が同時多発火災を引き起こした。外国人や朝鮮人などへの流言飛語による虐殺事件も発生し、社会的混乱が深刻化した。

📖この災害が残した教訓

  • 1

    地震直後の同時多発火災が最大の脅威となった(初期消火の重要性)

  • 2

    流言飛語が社会的パニックを引き起こす危険性(正確な情報の重要性)

  • 3

    避難先の選定と避難行動が生死を分けた(公園・広場への避難)

  • 4

    都市の木造密集地帯は火災に極めて脆弱

  • 5

    ライフライン(水道・ガス)の耐震化の必要性

  • 6

    広域での支援体制の構築が復興に不可欠

✅今日からできる備え

  • 住宅の耐震化とともに火災対策(消火器・住宅用火災警報器)を徹底する

  • 地震後はガスを使わず、電気も通電火災に注意する

  • 避難先として公園・広場など火災に強い場所を事前に確認する

  • 流言飛語に惑わされず、行政・公的機関の情報を頼りにする習慣をつける

  • 地域の防火組合・消防団活動に参加し、地域防災力を高める

  • 非常用持出袋には水・食料・応急処置用品を無理なく運べる量で準備し、自宅の備蓄とは分ける。荷物を取りに戻るなどして避難を遅らせない。

  • 首都直下地震(政府推計:30年以内に発生確率70%)は関東大震災と同規模の被害をもたらす可能性がある。自宅の耐震化・家具固定・備蓄の徹底が、今できる最大の備え。

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出典・参考資料