本文へ移動
津波M7.8

北海道南西沖地震・奥尻島津波(1993年)

1993 Hokkaido Nansei-oki Earthquake and Okushiri Tsunami

記事更新日: 2026-04-09

📅 1993年7月12日(月)📍 北海道奥尻島・渡島半島沿岸👥 死者 202人 / 行方不明 28人

💰 経済的損失: 約1,800億円

概要

1993年7月12日22時17分、北海道奥尻島付近を震源とするM7.8の地震が発生。地震発生からわずか2〜5分で奥尻島に津波が到達し、最大波高は29.7mを記録した。夜間発生で避難が困難を極め、奥尻島青苗地区では地震後の火災と津波による複合被害が発生。島の人口の約5%が犠牲となった。

被害の状況

死者・行方不明

230人

死者 202人 / 行方不明 28人

建物被害

全壊約601棟、半壊約258棟、焼失約370棟

奥尻島の青苗地区・稲穂地区を中心に甚大な津波被害。青苗地区では波高13mの津波が直撃し、集落の大半が壊滅。火災も重なり複合的な被害となった。北海道本土側では松前町・江差町等の沿岸にも津波が到達した。

被害数値は掲載資料の集計時点・対象範囲による記録です。推計を含み、後の公表で変わる場合があります。

ライフライン被害

島内の通信・電力が完全に遮断。本土との連絡が途絶え、救援の到着に時間がかかった。

原因・背景

日本海東縁部の断層活動による地震。地震直後に発生した津波は奥尻島に地震発生後2分以内に到達するという極めて短い猶予しかなかった。これは「地震が来たらすぐ逃げる」という行動の重要性を示す典型例。

当時の社会状況

奥尻島は当時人口約4,700人の離島。夜間の地震発生で就寝中の住民も多く、暗闇の中での避難が強いられた。青苗地区では地震直後に火災が発生し、消火活動中に津波が到来するという悲惨な状況が起きた。

📖この災害が残した教訓

  • 1

    日本海側の地震は津波の到達時間が極めて短い(2〜5分)ため「地震=即避難」が鉄則

  • 2

    夜間の津波避難では懐中電灯・ヘッドライトが命綱になる

  • 3

    離島・半島では外部からの支援が遅れるため、自力で3日間以上生き延びる備えが必要

  • 4

    地震後の火災消火よりも命の避難を優先すべき状況がある

  • 5

    奥尻島の教訓が「津波防災の日(11月5日)」制定につながった

  • 6

    海岸付近の低地では地震発生直後からの迅速な高台避難が唯一の生存策

✅今日からできる備え

  • 海岸・港湾近くに住む場合は津波ハザードマップで浸水区域・避難場所を確認する

  • 夜間避難を想定して寝室に懐中電灯・ヘッドライトを常備する

  • 地震を感じたら津波警報を待たずに高台へ逃げる習慣をつける

  • 離島・半島の場合は本土より長期の備蓄(最低1週間分)を心がける

  • 地域の津波避難訓練に積極的に参加し、避難ルートを体で覚える

  • 防災ラジオを枕元に置き、夜間でも緊急情報を受信できるようにする

🏠【広告】住まいの保険を確認する

SBIの保険比較インズウェブ(SBIホールディングス株式会社運営)

住宅火災・自然災害による建物被害への備えは、防災グッズだけではありません。火災保険の見直しは、住まいの損害への備えの一つです。

  • ✓火災保険の一括見積もりサービス(利用無料)
  • ✓SBIホールディングス株式会社が運営
  • ✓水災・建物・家財など、必要な補償と対象条件を確認
  • ✓地震・噴火・津波による損害には、火災保険とは別に地震保険の確認が必要

補償の基本:財務省・地震保険の説明。加入条件や補償範囲は契約先で確認してください。

※ 当サイトはアフィリエイト広告(A8.net / ファンコミュニケーションズ株式会社)を掲載しています。掲載内容は編集部が独自に選定しています。

出典・参考資料